精巣腫瘍について
精巣腫瘍は比較的稀な病気で、発生率は10万人に1人くらいと言われています。
精巣が固く大きく腫れてきますが、痛みが無い事が多いです。約半数は転移が無い状態で見つかりますが、転移があった場合、もしくは治療後の再発症例などでも手術療法・化学療法(抗癌剤治療)、放射線療法を組み合わせる事によって、多くの場合根治(完全に治しきる事)を望む事が可能な疾患です。
万が一、精巣が腫れ上がるような事がありましたら恥ずかしがることなく泌尿器科を受診して下さい。
原因・危険因子
はっきりした原因は分かっていません。
停留精巣(先天的に精巣が陰嚢内まで下降せず、腹腔内・そけい部に留まっている状態。正常な人と比べ、精巣腫瘍の発生率が2-8倍のリスクがあると報告されています。)や遺伝因子(父親が精巣腫瘍であれば4倍のリスク、兄弟が精巣腫瘍であれば8倍のリスクがあると報告されています。)などさまざまな因子が関わっていると考えられています。
20−30歳代の比較的若い男性によく見られます。
種類・分類
精巣腫瘍の組織型は主なものとしてセミノーマ、胎児性がん、卵黄嚢腫瘍、絨毛がん、奇形腫などがありますが、治療方針を決める上では「セミノーマ」と、それ以外の「非セミノーマ」の二つに分けて考えられています。セミノーマとそれ以外の腫瘍では抗癌剤や放射線への感受性(効き易さ)が違うために治療の仕方が異なってくるからです。また、腫瘍マーカー(腫瘍の存在・勢いを示す血液検査の項目。精巣腫瘍ではLDH、AFP、hCG)の値、原発部位(体のどの部位から発生したか。精巣から発生する事が最も多いですが、後腹膜(腹部)・縦隔(胸部)より発生する事もあります。)、転移の有無・大きさなどを組み合わせる事により病期分類やリスク分類を行います。病期・リスク分類に応じて治療方針が定められます。
日本泌尿器科学会病期分類
T期:転移を認めず
U期:後腹膜以下のリンパ節にのみ転移を認める
UA:後腹膜転移巣が最大径5cm未満のもの
UB:後腹膜転移巣が最大径5cm以上のもの
V期:遠隔転移
V0:腫瘍マーカーが陽性であるが、転移部位を確認し得ない
VA:縦隔または鎖骨上リンパ節に転移を認めるが、その他の遠隔転移を認めない
VB:肺に遠隔転移を認める
B1:いずれかの肺野で転移巣が4個以下でかつ最大径が2cm未満のもの
B2:いずれかの肺野で転移巣が5個以上、または最大径が2cm以上のもの
VC:肺以外の臓器にも遠隔転移を認める
国際胚細胞腫瘍予後分類(IGCCC)によるリスク分類
Seminoma |
Nonseminoma |
予後良好群 |
原発巣は問わないが、肺以外の臓器転移無し。
AFPは正常値。hCGとLDHはいずれの値であってもよい。
5年生存率:86% |
右記のすべてを満たす 5年生存率:92% |
AFP<1,000ng/mL hCG<5,000IU/mL(1,000ng/mL) LDH正常上限値の1.5未満 肺以外の臓器転移無し 精巣または後腹膜原発 |
中等度予後群 |
肺以外の臓器転移あり。
AFPは正常値。hCGとLDHはいずれの値であってもよい。
5年生存率:72% |
右記のすべてを満たす 5年生存率:80% |
5,000≦hCG≦50,000mIU/mL LDH正常上限値の1.5以上、10倍以下 肺以外の臓器転移無し 精巣または後腹膜原発 |
予後不良群 |
ー |
右記の原発または転移を認めるかマーカーの条件を満たす 5年生存率:48% |
AFP>10,000ng/mL hCG>50,000IU/mL(1,000ng/mL) LDH正常上限値の10倍より大きい 肺以外の臓器転移あり 縦隔原発 |
症状
最も多いのは痛みを伴わない精巣の腫大です。
また、転移や発生部位などにより「腹部に固い腫瘤を触れる」「腰痛がある」(腹部リンパ節転移・後腹膜原発)、「息切れ」「咳・痰」(肺転移・縦隔原発)といった症状が出る事もあります。
検査
多くの場合、精巣の触診・超音波検査で診断がつきます。(確定診断には組織検査を要します。)また、転移の有無を確認する検査として、CT、骨シンチ、レントゲン検査などを行います。一般的な全身状態を確認する血液検査に加え、腫瘍マーカーを測定します。腫瘍マーカーの値は治療方針を定めるためのリスク分類・治療の効果判定・治療後再発の検索に用いられます。
治療
上記検査で精巣腫瘍が疑われた場合、入院の上、腫大した精巣を手術により摘除します。手術の目的は @精巣腫瘍の確定診断及び組織型の確認 A腫瘍を取り除く治療 です。下半身麻酔による一時間程度の手術になります。通常輸血が必要になる事はなく、翌日より食事・歩行が可能です。
手術によって得た組織型、転移の有無、腫瘍マーカーの値などを組み合わせ、病期・リスク分類が決定します。病期・リスク分類により追加治療の有無・内容が決まります。
転移が無く、腫瘍マーカーが正常な場合は 多くの場合無治療で経過観察をします。再発予防のための化学療法や放射線治療が考慮される場合もあります。
転移があった場合、腫瘍マーカーが正常化しない場合は化学療法・手術療法が施行されます。
精巣腫瘍に対する化学療法(※この治療は当院では行っておりません。)
BEP療法
精巣腫瘍に対する化学療法の第一選択で、ブレオマイシン・エトポシド・シスプラチンの三剤を組み合わせた治療です。一回の治療に3週間要し、3−4回繰り返します。化学療法終了時に転移が消え、腫瘍マーカーが正常化している場合は経過観察をしますが、転移が残っている場合・腫瘍マーカーが正常化しない場合は追加の化学療法もしくは手術を行います。
抗癌剤治療は吐き気や食欲不振などの消化器症状、倦怠、骨髄抑制といった苦しい副作用を伴いますが、制吐剤・GCSF製剤(骨髄を刺激し、好中球を増やす薬)などの補助薬を用いる事により副作用の軽減に努めます。精巣腫瘍は転移がある場合でも化学療法・手術による根治の可能性が充分にあり、大変な治療ではありますが「頑張りがいのある」治療でもあります。
治療後
もともと転移のない症例でも15-20%に再発が起こるとされています。また、多くの再発は2年以内に起こりますが、何年もたってから再発が起こる事も知られています。転移が無かった場合、治療が奏効し腫瘍が消失してしまった場合でも、定期的に外来に通って頂き血液検査やCTなどで再発の有無を確認する事が治療と同じく重要になります。